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新潟地方裁判所 昭和48年(ワ)374号 判決

原告

飯田義雄

原告

飯田美智

右両名訴訟代理人

村山六郎

被告

稲村茂

右訴訟代理人

風間士郎

被告

株式会社産江

右代表者

江森平太郎

右訴訟代理人

坂井煕一

外一名

主文

一  被告稲村茂は原告飯田義雄及び原告飯田美智に対し各金五〇〇万円並びにこれに対する昭和四八年四月二二日以降各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告らと被告稲村茂の間で被告稲村茂の負担とし、原告らと被告株式会社産江との間で原告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一事故の発生

原告らの子である訴外信雄が請求原因第1項(但(五)事故の態様を除く)記載の交通事故により死亡したことは当事者間に争いがないところ、事故の態様については、〈証拠〉を総合して次のように認めることができる。

即ち本件事故現場は被告稲村運転の加害車輛の進行方向に向つて左に急カーブする見通しのよくないところであつたが、同被告は道路中央寄りを減速せずに時速約六〇キロメートルの速度で該カーブに入つた。しかるにそのカーブが予期したよりも急であるので、同被告は道路に従つて曲り切れず、左にハンドルを切ると共にブレーキを踏んだが、たまたま当時は雨天で路面が濡れていたため、前輪がスリツプしてセンターラインをオーバーして対向車線に入つてしまつた。そこで同被告は左へハンドルを切つて左車線へ戻ろうと思つたが、同人としては当時対向車がないと思つていたことと、加害車輛は一〇トン半の大型トラツクで九トン位の荷物を積んでおり、路面が濡れているので左へ急ハンドルを切ると転倒の危険があると考えたことから、ゆつくり左へ戻ろうとしてそのまま約四三メートル進行する措置に出た。ところが、その時点に該当の場所で約六〇メートル先に訴外信雄運転の被害車輛が対面進行して来るのを発見したので、同被告は急遽その場で急ブレーキを踏んだが、間に合わず、遂に同車輛と正面衝突するに至つた。右の認定を覆すに足りる証拠はない。

二被告らの責任

1  被告稲村

前認定によれば、事故現場は左に急カーブする場所であり、雨天下で路面は濡れていたうえ、加害車輛は重量品を積載しておりスリツプし易い状況の条件は揃つていたのであるから、このような場合、自動車運転者としては、カーブに入る以前にあらかじめ減速し、カーブに応じてハンドル操作を的確に行ない、できるだけ道路左側を進行すべき注意義務があつたというべきところ、被告稲村はこれを怠り漫然と時速約六〇キロメートルの速度でカーブに入り、そのまゝ進行した過失により、結局カーブを曲り切れずスリツプして対向車線に進入し、被害車輛と正面衝突したのである。して見れば、同被告は民法第七〇九条により不法行為者として本件事故により発生した損害を賠償するべき義務があることはいうをまたない。

2  被告産江

被告産江と訴外佐藤がいずれも運送を業とし、被告産江が業務多忙時に佐藤に対し運送を依頼していたこと、被告稲村が加害車輛を所有し、訴外佐藤から運送の依頼を受けていたこと、被告産江が訴外佐藤に対し運送を依頼する際には、佐藤から派遣された運転者に対して荷物、運送場所、配達期限等について説明することがあつたこと、佐藤の派遣した運転者に送り状を持たせ、これに届け先の受領印を貰つて来させていたこと、本件事故が被告稲村において訴外佐藤の依頼を受けて被告産江が訴外佐藤に依頼した運送業務の処理の過程で生じたものであること、以上の各事実関係については、当事者間に争いがない。

ところで、〈証拠〉によれば、被告産江は運送依頼先として訴外佐藤以外にも訴外日本通運株式会社等約一〇社位の取引先を有していたこと、一方、訴外佐藤は従業員三人と一一トンの大型トラツク二台を使つて運送業を営んでいるが、被告産江から注文の出る運送をなすほか、自身がその名で受ける運送の依頼に応じるのは無論のこと、下請の依頼を受ける取引先も訴外新和運輪株式会社、同岩崎陸運等なお数店を挙げることができたこと、訴外佐藤の受注先で被告産江は最上位の顧客であつたが、しかし先に受けた仕事で手一杯の場合には被告産江の依頼を断ることもあつたこと、その反面では訴外佐藤から逆に被告産江に対し運送を依頼することもあつたこと、被告産江が訴外佐藤に運送を依頼する場合、運送賃はその都度キロ数と時間を基準にして定め、通常は依頼主から受け取つた運送賃から一割位を控除して算出し支払をしていたこと、被告産江は訴外佐藤に対し運送する物品、運送場所、配達期限等について指示していたが、被告産江の従業員に対しては道路状況を調べ、燃料、出発時刻について指示を与える等より直接で契約履行上の仔細にわたる管理をとり行なつていたこと、依頼された運送に使用するトラツクの選定やその燃料代や整備費は訴外佐藤の計算において同人の負担とされていたこと、次に、被告稲村が訴外佐藤を通じて同人が被告産江から依頼を受けた運送業務の実行を行う場合にも、被告稲村が被告産江より受けることのある指示につき、訴外佐藤が上記のような業務処理時に被告産江より受ける運送する物品、運送場所、配達期限等の指示以上に及ぶ詳細な指示は全くその経験がなかつたこと、被告稲村と訴外佐藤との間では以前の知己という人的関係があるが、被告両名の間には直接の雇傭関係も受注の関係もないこと、被告稲村に対する訴外佐藤の運送依頼における対価の支払も、他から受けた金額のおよそ八分を控除した額をもつてその支払額を定める例が多かつたこと、訴外佐藤は被告産江に対し「常傭」の観念を抱くことがあつたが、自分の所は丸抱えではないとの所信をもつていたこと、以上の事実を認めることができる。

思うに、民法第七一五条の適用の有無を判断するに当つて、他の同業者から運送を依頼された運送業者が、自己の計算で請負形式により引受けた仕事の完成のため努めているときに、依頼した運送業者との間で被用者であるといい得るために必要な条件を考えて見るのに、右のような請負形式が実質にそぐわずあたかも内実は雇傭に近い場合であるとかするのであるならば格別、そうでなければ、およそ当該運送の依頼主において、その業務処理がとりも直さず当該依頼主に帰属することゝなる、必要の充足という相互間の内部的連繋があることと、これを正当づける法的拘束関係(契約上又はその他の債権関係)がその基礎にあることを要するとすべきであると解せられるほか、こうした関係のあることの反映として、当該業務処理にかゝる業務遂行意思の実現につき依頼主にはその責任における自主性が確保されると共に、この者の指揮・監督を受ける者の対外的責任がこれに基づきひいて後退を見るがごとき事業経営上の計算の帰属と責任の帰属が相並行する実際的情況が別に存在することが要件となると解される。上記各般の認定事実に照らして原告ら提出の証拠を更に検討して見ても、右のような要件のあることを確実に示す証憑はなお足らないといわなければならない。

以上によれば、被告産江は訴外佐藤及び被告稲村に対し民法第七一五条にいう使用者の立場になく、同条の要件を欠くことになるから、到底被告産江につき本件事故にかゝる原告ら主張の損害賠償責任を問うことはできないものとするより外はないものである。

三損害等

1  損害額

(一)  治療費

〈証拠〉によれば、原告ら主張の訴外信雄にかゝる治療費金一万六〇〇〇円の支出があり、その相当であることが認められる。

(二)  訴外信雄の葬儀費用

〈証拠〉によれば、訴外信雄は事故当時同証人の営む青果物卸商の附属部門であるタイヤ類修理業の責任者で、同人の葬儀の規模は普通であつたことが認められるので、葬儀費用として原告ら主張の出捐金員の内金二〇万円をもつて損害の範囲に入ると認めるのが相当である。

(三)  訴外信雄の得べかりし逸失利益

(1) 〈証拠〉によれば、訴外信雄は死亡当時月平均約一三万円の収入を得ていたことが認められる。これによれば、訴外信雄の年間総収入は金一五六万円となり、これから同人は死亡当時独身であつたから生活費として五割を控除すると、同人の年間純収益は金七八万円となる。

(2) 訴外信雄の職業については前記のとおりに認められるので、その職種、性別、死亡時の年令(二四才)、その他諸般の事情を考慮し、同人は満六三歳まで就労可能であつたと認めるのが相当であるから就労可能年数三九年、ホフマン式単利年金現価の係数21.309を採用し、中間利息を控除して一時払いの現価を求めると、金一六六二万一〇二〇円となる。

780,000×21.309=16,621,020

(四)  慰藉料

訴外信雄の年令、事故の態様、同人に対する原告らの身分、その他諸般の事情を考慮すれば、原告らが主張する慰藉料各自金二〇〇万円は、これを相当と認めることができる。

2  原告ら各自の取得額

訴外信雄の相続人は原告らのみであることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、原告らの相続分は法定の各自二分の一であることが認められる。そこで、原告らは各自相続人として訴外信雄の被告稲村に対する前1項の(一)ないし(三)の損害額の合計金一六八三万七〇二〇円の二分の一である金八四一万八五一〇円宛を取得し、これに前記認定の固有の慰藉料各金二〇〇万円を加算すると、結局被告稲村に対しそれぞれ金一〇四一万八五一〇円の損害賠償債権を有することになる。

3  損害填補

原告らは、請求原因第5項の合計金五〇一万六〇〇〇円の支払いを受けたことを自陳し、これについては当事者間に争いがなく、右のほかに弁論の全趣旨によれば、被告稲村は本訴提起後原告らに対し金二〇万円を支払つた旨の主張をしているものと解されるところ、同被告本人の尋問の結果によれば、右の事実を認めることができる。

以上によれば、結局、本件全損害の内金五二一万六〇〇〇円は既に填補されていることになるから、これを原告ら各自につき二分の一づつ控除するのが相当である。よつて原告らが被告稲村に対して有する損害賠償債権はそれぞれ金七八一万〇五一〇円となる。

四結論

以上によれば、原告らの請求である内金五〇〇万円及びこれに対する不法行為時より完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ求める分は、被告稲村に対しては理由があるから、これを全部認容し、被告産江に対しては失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文(被告産江関係)を、仮執行宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(岡山宏)

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